2019年12月19日木曜日

かずたま入門 4 




前回に続いて「場」のお話を始めましょう
とはいっても、時間をのけて場を語ることは出来ませんから
「時間」のお話もしながら、進むことにします

前回は「場」の風味を味わうために季節感を織り交ぜながら話をすすめました
一年の季節感を表現するに四季の特性より、春夏秋冬に織りまぜながら
そこに「正十字型」を、あてはめてみました

つぎに

方位を場から抽出して、H場・東、C場・西、E場・南、F場・北とみたて、
一日の時刻も時間場として、
H場・6時、E場・12時、C場・18時、F場・24時として、
割りふりしました

そして

「正十字」のほか
「兆し」となるクロス十字
「極み」となるクロス十字

あわせて3つの十字形象で12の場があらわれました
これが東洋では十二支と名付けられています
これが規則正しく動くためには軸点となる、「時間」が存在します
そこに回転がおこるし、流れがはじまるわけです

時間が流れることは、場が存在することです
時間は時間だけが場の中心にあるばかりでなく、
場そのものの中にも時間が存在しているわけです、また、
そこに存在するモノとしての人間のなかにも、
物、心、命、それぞれ時間の存在があるわけです

時間と場とモノの「存在」をとおしての関係をお話しております

前回も、井桁の形をしている数理盤から話が広がりました
霊結晶は玉結晶として球体の存在ですが
球体のままでは認識に手こずりますから、数理表現には
方形としての数理盤(9つの升)として見つめるわけです
地図をみるとき球体を平面図でみつめるのと同様のことです

この数理盤の外側にくまなくひとまわり干支を置くと十二支となります

さらに9つのマス目の外側に、さらに一回り大きくマス目でくるむと
5x5の合計25マス目となります
この25のマス目から9つのマス目を引きますと
25-9=16数 となり
わが国では、これを天皇家の十六菊花の紋章として取り入れております

このように数理盤上、場を認識する場合、時刻や季節や方位などを当て
認識しています
そこに、時間を中心としたゆるやかな流れがあります、回転があるわけです

このとき

ゆるやかな時の流れは、ゆるやかな場の形成をしていきます
時の流れは一定に流れます、そこに場の形成は成るわけですが、
そこに現れる現象は、緩やかでもあり、過激でもある、
目にしている自然界です


時間にある場
毎年、12月は十二支で云う、「子・ネ」の月ですから、
一年の完了を形作る時間場でもあり、
来年としての新しい年の胎生が始まっている時間帯でもある

毎年、1月は西暦年では新年であり、旧暦ごよみでは、13月となる
まだ、前年でもあると同時に丑の月ですから、新しい年としての「兆し」が、
おこるときでもある

また、1月節に入るのも5日以降ですから、それまでは12月の風味も
現れる混ざり合った状態です、、、、ここをどうとらえるのか
と云う問題が時間認識する場合に、立ちはだかります

ここにあるのが、
「土用」としての存在です、季節に見立てると、
冬なのに春の始まり、、、、
春なのに夏の始まり、、、、、といった混在する時間世界です

1年の中には1月丑月、4月辰月、7月未月、10月戌月、といった具合に
月ごとに十二支がふられています
年にも、2021年は丑年といった具合に、辰年、未年、戌年とあります
波動を観ていく場合にも、丑波動、辰波動、未波動、戌波動など、回流して
くるわけですが、これもすべて変わり目としての「土星」のはたらきが
顕れてくる時間帯というわけです

これが季節感で云うところの【土用】にあたります
ここに陽数理、陰数理の兼ね合いが出てまいります


この「場」には、場としての特有のはたらきがあります
社長の顔、風貌となるとか、横綱には横綱としての風格があらわれてくる
これが場が人をとおしてあらわしてくる場の「味わい」というものです
同じモノでも、同じ料理でも、銀座にあるだけで、器が良ければ
美味しく思えてくる、、、、、場が器をとおして、場がモノをとおして、
あらわしてくるはたらきです


場にある時間
時間が認識できないときなど、どうするのか
このようなことはいくらでもあります
そのようなときに、場の働きより時間を捉えることもしました
そこにあるモノからの現象のとらえかたの、お話もしました

時間はモノの中心にあるだけではない、
場の中にも時間は存在するし、
場にあるモノのなかにも時間は存在するのです

この「場」の認識、「モノ」の認識に必要なものが、「言語」です
人は言語により場やモノを認識します
そこにあたえられるものが名称です
人の場合には、名前です、、、、言語がなくては認識することは不可能です

話を戻します

そこが水辺の場合、どのようにみつめるのか、、、、水辺は1数場です
そこが、役所であるなら、6数理のはたらきですから、
あなたはいま6数時間場にいるわけです
このようなモノの見方が瞬時にできるようにすること


言語にある時間と場
これは、場に在るだけでなく「名前」にもあります
人間は言語社会に存在するわけですから当然のことです
初詣に氷川神社にむかうなら、氷川神社と云う名前
大鳥神社なら大鳥神社という名称が、時間場となり
現象に影響を与えてきます

数理変換しますと

氷川神社~5画・3画・10画・8画 / 26画 / 8数理
大鳥神社~3画・11画・10画・8画 / 32画 / 5数理

となりますから、これが8数場、5数場として、環境に働きかけてきます
この環境を把握するにも、時間、場、言語をもってモノを認識する人類です
現象はうつろいやすく、周辺のモノにより、変転しやすいモノである
そのことを認識ください

数霊は数の計算をするんだと考えるのは、底の浅い考え方、
金銭勘定ばかりの日常が産みだす悪しき慣習です

数霊はモノのなかにも入り込むし、
形状の中にも入り込みます
名前の中にも入り込みますから、
いちがいに生年月日ばかりに、のめり込みますと、宿命感に囚われます

時間として
時間を見つめるとき、時間に秘められた12場を十字形象より
3種とすると、それを規則正しく回転させるために、また、
動かすために真ん中の軸心に【時間軸】を置くわけです

この時間軸を中心に、場としての3つの十字型を据え置く、、、、、
合わせて4つとなります

この4つ目のモノが、前後論としての存在【時間軸】でありますが、
時間軸が中心なのではない
そこに【今】としてある時間の1点が中心なのです

中心視座に時間軸を置き、まずは現象をみつめる
見つめてから、【今】という時間の一点をとらえるわけです

場として
場をみつめるときにも、単に「場」としてあるのではなく、
数理盤自体が立体空間としてのものだから、
そこに「位置」があるし、「序」があるし、そこにまた「場」がある
縦・横・奥行としてのものです、、、、そして、そこに4つめのものとして
「質」が、現れてきます

大変な事態といっても、日本にいて大変なのか、反対側のブラジルにいての
大変なのかという距離的なもの、、、「場」の問題があります

企業倒産したといっても、最高責任者の立場にある人なのか、
一般社員の立場なのかという、「序」の問題もあります

オリンピックの開催をみても、高地での競技なのか、低地における開催
なのかでは、結果がかわるわけで「位置」の問題もあらわれる

そしてそれらの3つの問題の中に、「質」としての問題が浮き出てきます
ここに破壊自体の問題のほかに、個別の質としての問題差が出てきます
4つ目の問題です
損失をこうむったといっても、100万なのか、1000万なのか、
100億なのか、数千億なのか、数量の問題とそれに対する個人の
受け取り方の差
稼ぎがない立場の人なのか、稼ぎがある人なのかによる、
その人の数量認識という、質の問題です

これを、数理盤より認識することができるようにしないとなりません
平面として何度見つめていても何もならない、かわらない
立体として観えてくる視野をもつことです

時間と場の関係は切り離すことが出来ません
場がないところにモノは存在できないし、
時間がない世界に場は存在できない

ブラックホールの存在をかたくなに信じ、
吸い込まれれば時間も場も何もかもなくなる、、、、
というけれど、緩やかな川の流れが滝つぼにのまれるように
時間場の方向性が変わるだけかも知れない

単なる、地球視点からだけの思考力、
概念としての、われわれ人類の宇宙観
行ったこともないわけですから、ここに何があったとしてもおかしはくない
まだ始まったばかりの科学観です


話を戻しましょう

時間
陰数理と陽数理という観方考え方がありますが、これは何なのか
どのように理解すればよいのか
働きを見つめてみましょう

体の中の病巣を考える場合、陰数理を見つめることがせまられます
また、陰数理よりさらに深い深層数理にまで入り込む場合も多々あります

表層と逆転する世界
モノを包括する時間を、陰陽一体化したモノと捉えると理解しやすい
と、思われます

パラレルと云う表現がありますが、どこでもかしこでも、
陰数理時間と陽数理時間が一対で、一体に同時並行進行している
ただ通常は陰数理は隠れているし、ひそんでいるモノです
これは男性、女性の別なく通常潜んでいるモノです
潜んでいるが存在しているモノです

これが「土星」と云う表現をした先ほどの時間帯には、表面化してきます
時間の向きが変わる、時間の方向性も変化してくる、
潜んでいた世界が顕れるわけです

その意味合いで、

・その年を観ていく場合、
・その月を観ていく場合、
・そのモノの生年波動を観ていく場合、
・そのモノの生月波動を観ていく場合、

これが姿を現してくるのが、「土星」としての、
暦でとらえるところの「土用」となる時間場です
ここにおいて、現象には今どちらが働いているのかを
とらえることが、問題となります

言語
個人の運命に多大な影響を与えるものとしては、家系を表す「姓」があります
「名」は、各人の運命としてのものであり、姓数を背負い運ぶところのモノ
よい名とは、姓の破局性を緩和できるもの、また、いかんなく姓数の潜在力を
発揮できるようにする名のことです


生年や生月にある破壊性、生年月日の合計数となる命数による、
破壊性が具体化するまえに、破局性を眠らせることができるのも、
「姓」であり兼ね合いとしての「名」の、はたらきです

平穏を維持するもの、破壊性が表面化してくる「さじ加減」をとるのも、
家系の「姓」を中心とした姓名の働きです
姓は「家系」そのものであり、そこにうまれた我々の生命です
名は「家系」のなかにおける位置取りを示します

そのことを理解したうえで姓名構成を見つめるわけです


具体的には、
姓名を観る上ではじめにすることは時間をみることです
生年月日、今という時間、を座標の中心に置く
これは鑑みる物事すべてにいえることです
そのうえで姓名を見つめること

・姓名において各字画数の構成がどうなっているのか
・姓名において各字画の単数がどうなっているのか
・姓名において合計画数がどうなっているのか
・姓名において合計画数を単数化するとどのようになるのか

まずここから、入らなくてはなりません、
そして、姓名構成に入り込む

・姓数と名数の対応はどうなっているのか
・姓数の頭字と、名数の頭字はどうなるのか
・姓数と名数の内側の構成はどうなっているのか
・姓数と名数の外側の構成はどうなのか

そして自分の内部全般との関係をみつめるわけです

・生年と姓名の関係
・生月と姓名との関係
・生日と姓名との関係
・命数と姓名との関係

そして総合的に兼ね合いを吟味する

・生年と生月の関係
・生年と命数の関係
・生年と姓数の関係
・生年と名数の関係

同じことを繰り返していく、、、

・生月と命数の関係
・生月と姓数の関係
・生月と名数の関係

これを相互に鑑みていく
そののちに

・生年と生月と生日と命数と姓名の関係を、

包括的に見つめる
そのうえで

・社会に対応するなら社会の問題と、
・会社の問題なら会社の問題と、
・結婚なら結婚相手と、
・家族問題なら家族と、

相互に見つめていくわけですが、

経営者になると、経営者独特の問題を孕んでくる
企業として大きくなればなおさらのことです

・いつ始めるのか
・どこではじめるのか
・業種は
・業種とわが国の時代層の関係は
・資本金は
・取引先は
・海外取引ならどこの国と
・いつからの取引
・バイヤーを通してなのか
・バイヤーとはいつからの関係
・生産拠点は
・関係筋ルートは
・・・・
・・・・


などなど難しい問題もあるけれど
難しさも楽しく思えるなら
その仕事はあなたに向いている
まずは第一関門は突破しています

以上、



あとがき
 良薬もさじ加減ですから「さじ加減」というのは難しい
 命名しても、改名しても、吉化しきれないモノと領域
 そのとき、どうするのかの、さじ加減がある
 不幸であれば嘆き悲しむのに、平穏が続けば満足しない存在
 、、、人間です


























2019年10月3日木曜日

かずたま入門 3 




数霊盤の話をつづけます、井桁を組んだ枡形の数理盤の話です
図にしますと、地球環境をあらわすところの5数理を中心とする数理盤です
基本数理盤と呼んでおり、アルファベットで表すこともあります

 基本数理盤

 4 9 2
 3 5 7
 8 1 6  

アルファベット盤

 J E G
 H A C
 D F B  


1990年うまれならば 1+9+9+0=19=1+9=10=1
生年数を単数化して1数年生まれとしています
この数理盤が現しているいくつかの問題にふれていきます

アルファベットの「 I 」は1数とみまちがえるので、Jとして表現します
すると A~J までですから、9つにわけられる

そのなかで中心のA場は時間質としてのものですから、
実際には「8つ」の場に振り分けられます

それを時間軸としてA場を通して対角線で結べば
EーAーF となる縦系列と、
H-A-C となる横系列を、
あわせて正十字型となり、物事のあるべき本来の姿を表しています

季節とすれば春夏秋冬の四季の彩りをあらわしています
一日の時刻とすれば、朝6時、昼12時、夕6時、深夜0時として、
一日の本来の姿を表示しているものです
あらゆる地球環境の有形・無形のモノを、その『数理盤』のなかに
あらわすことができる、また、あらわそうとしたわけです


これを1990年にうまれ、1数年生まれとなる「人」にあてはめると、
H場・8は、ものごとの出発期をあらわします
E場・5は、ものごとの最盛期をあらわします
C場・3は、ものごとの収穫期をあらわします
F場・6は、ものごとの完了期、また、新たな創成期をあらわします

これをかいつまんで説明すると、
誕生期には6数理の働きが旺盛な環境に産まれている、吉凶にかかわらず
少年期には8数理の働きが強く出る環境である、吉凶にかかわらず
中年期には5数理の働きが強く出てくる環境にある、吉凶にかかわらず
熟年期には3数理・・・・・・・・が、という捉え方でもよいわけで、
その意味では、生年盤とか生月盤は未来予告している盤でもあります

 生年1数盤

 9 5 7
 8 1 3
 4 6 2

このように、その年の持ち味を強くあらわすものが、正十字型数理であり、
それを包含し、前もって現実投影して見せているのが生年盤であり、
生年盤と対応する生月盤でもある、ということです

つぎに

数理盤をご覧ください、四すみのマス(D・J・G・B)があります
A場を媒体としてJーAーB 、DーAーG となるように結ぶと、
X型十字が現れます
このクロス型十字を『四偶・シグウ』と呼びます
ものごとの『変化態』をあらわし、物事の変化していく姿をあらわします

この四偶は、その名のとおり各マスが変容しやすく、
それぞれの場が2つに分れ、JーAーB と DーAーG を形成します
これも、結びますとクロス型十字を形成します

これは変容体としての十字型で、変化していく過程で、2群にわかれます
「ふたつの十字型」に分かれていくというわけです

「丑・辰・未・戌」としてのJ-A-B、D-A-G 1群4種と、
「寅・巳・申・亥」としてのJ-A-B、D-A-G 1群4種です
四偶は二股にわかれているわけです

1つ目の「丑・辰・未・戌」群は、物事の「変化の兆し」を表します
丑の場ならば、冬から春にかけて積雪の下、胎生したものが成長していく姿
辰の場ならば、春から夏にかけて新緑が旺盛に芽吹いてくる姿
いずれも物事の初期段階として、姿顕れる前の下準備している形成段階、変化

2つ目の「寅・巳・申・亥」群は、物事の「変化の極み」を表します
寅の場ならば、冬から春に向かい胎生した種子が芽となり土から続々顕れる姿
巳の場ならば、春から夏に向かい新緑が梢一面を覆っていく活力ある姿

これに先ほどの正十字型を表す「一群4種」をあわせて  3 X 4 =12
十二支場としての姿であり、数理盤としてならば8つの場に配分されます

数理盤としての8つの場の外側を、四偶には、二つずつ配置され、
下図のようにグルリ取り囲みます
これが十二支盤としていあるもので、数理盤の外側をつつみこんでいます
数理盤としては8つの場ですし、
その外側の十二支盤もとらえてくると、12の場としても捉えられるモノです
この数理盤と十二支盤は1体としてのモノです


  巳   午   未
辰 4 9 2 申
卯 3 5 7 酉
寅 8 1 6 戌
  丑   子   亥


十字型となる1群の十二支「子、卯、午、酉」4種
四偶の「変化の兆し」となる1群の十二支「丑、辰、未、戌」4種
四偶の「変化の極み」となる1群の十二支「寅、巳、申、亥」4種
と、なります

3群12種となり、今という時間の一点で結びあわせてくる
三即一ともなり、時間軸の中の1点としての今と、結び合わせますから
時間軸とあわせて四即一となり、立体となり時を刻み、現象につながります

立体化し回転を始めた数理盤というのは、動態として呼吸し始めるわけです
そこに波動数理が顕れます

現在の時間を、2019年10月3日としますと、
1990年にお生まれのかたの場合、1数午年うまれですから

 1数午年
 
 9 5 7
 8 1 3
 4 6 2   

 X6    

と、なります

1数午年波動
1990~1999 1数午・1数午
2000~2009 2数未・9数巳
2010~2019 3数申・8数辰
2020~2029 4数酉・7数卯
・・・
・・・

現在、2019年ですから
生年、1990年より波動をくりだすと、1数年は10年周期ですから、
男性の場合、生年波動「順流3数申・逆流8数辰」となります

女性の場合、逆流になり「順流8数辰・逆流3数申」となります
数理も逆流し、一体である十二支もあわせて逆流に変化するわけです

ここでは男性波動を観ていくことにします


順流3数申波動

 2 7 9
 1 3 5
 6 8 4   X1・X6

逆流8数辰波動

 7 3 5
 6 8 1
 2 4 9   X2・X9

はじめのうち、なにげに波動を繰り出していると、
何がなんだかわからないわけですが、、、、、

十二支の意味合いや位置を数理盤に合わせ、波動を見つめてくると、
その波動周期の世界に深い意味合いを見いだせてきます

男性は十二支場として「申の場」、順流波動「3数」を一体にみる
(男性の場合、順流は現象変化をみる、逆流は心的変化をみる)

すると

申場ですから、内部環境が激変しやすい場にいるわけです
波動数理3ですから、物事が急激に起こる状態をしめしている


この二つの意味合いからベクトルのように進む方向性を精査し、
「順流3数申・逆流8数辰」となる波動を見つめていくことになる
この場合は、水局形成としてありますからエネルギーは、
北・X6方向に向かいやすいわけです

また、もともと

十二支はクロス斜線にありますから、良いにつけ悪しきにつけ
内部問題として発生しやすく、健康問題、家族関係、身辺環境、
などに変化がおこりやすい、、、、
また、外部問題として顕れる場合も、組織内部、労使問題、などとして
起こる場合が多い

それが、波動十二支からみて、北・X6方向に結果として向かっていくし、
F場の出来事として現象化しやすいわけです

また、

この人の波動3数理は、もともと生年盤C場にある3数理ですから、
財運はある時ですが、生年数1と波動数3より H場ー8ーX1 となり、
相続問題が出やすく、8数つながりで F場ーⅩ6ー8 ともつながり、
権力争いとも読めてくる、縦横に読み広がりをみせていくわけです

話を戻します


この四つのものを捉えることは、
正十字でいえば、E場とF場は対応する場にあり、人の心の世界です
それがH場とC場の横次元に響いてくるわけです
想いも夢も「心」がなければ、「物」に響いてくるものがない
物質界に響くのであれば、心の世界にも燃え盛るモノを秘めている
そんな関係にある縦系列(心)と横系列(モノ)であり、一体なわけです
四つのものを捉えることは正十字型ばかりにあるのではありません

四偶の場合にも云えることです、兆しとしての場でみますと、
D場・、J場・、G場・、B場の場合にもあるわけです
暦日では、季節の変わり目に《土用・ドヨウ》という日を配置して、
季節の変わり目、兆しが出始める時期、として表現しております
1月丑月、4月辰月、7月未月、10月戌月に土用はあります
、、、、、兆しの月日というわけです
ウナギで知られる「夏にある土用」が、7月未月の土用です

寒い盛りの1月丑の土用、春の兆しがうごめき始める
凍てつく大地に息づく生き物に春の訪れを知らせにくる

春真っ盛りとなる4月辰の土用、うららかな春の日差しの中、夏をしらせる
盛夏に入る7月未の土用、秋の知らせを運んでくる
秋色に染まり始める10月戌の土用、冬を迎える準備が始まる
自然の中に現れる働きに、【四偶の兆し】と働きを学んでください

つぎに

四偶といっても、極みとしての四偶は少し様相が異なります
D場・、J場・、G場、B場の場合、すでに季節感が色濃くあらわれ
日々鮮明にその姿をあらわしてくる頃、四偶の極みはその経過でもあり現出

季節でたとえれば
2月寅、雪解けをまちきれずに、日々野山に春の息吹きが顔のぞかせる
5月巳、まばゆい陽射しとともに夏の脈動が樹木の節々に伝播し、
    大地の鼓動となり野山に新緑を色づけ駆け巡る
8月申、夏の日差しを背に受けながら、大樹はそのエネルギーを内に内にと
    向かわせながら果樹のふくらみとなり実を結ぶ
11月亥、厳しくなる寒さの中、それに備えるように落葉で外部を削ぎ落し、
    生命エネルギーを内部に集中させて、来るべく冬に備える

兆しとしてのものなのか、
極みに向かっていくものなのかでは、
働きがこのように異なってまいります
この違いを数理盤にとりこんで、現象として読み込んでいくわけです


例)
2001年生まれの場合
2+0+0+1=3数巳年となりますから、
時間質は3数年、時間場は巳年となりますから、
「J場・巳の場」に「3数理」の意味合いがあると読みます
これが2001年の静態数理です

表現をかえれば、
『巳の入れ物に入っている3数理』の働きです
この意味合いを読み込むことが、観点となります

また、波動周期をみる場合
男性は、3巳→4午→5未→6申、、、、というように3年周期で
数理は3数より、十二支も巳より繰り入れます

女性は、3巳→2辰→1卯→9寅、、、、というように3年周期で
数理は3数より逆流、十二支も巳より逆流します

このように波動周期とともに、「波動数理」も「波動十二支」も、
連れ添って変化する、、、これが動態数理です



それでは、図をご覧になりながら、数理と場の【位置や序】を
確認し、その【質】をとらえてみてください

 数理盤と十二支    alphabet盤

   巳 午 未
 辰 4 9 2 申   J  E G
 卯 3 5 7 酉   H  A C
 寅 8 1 6 戌   D  F   B
   丑 子 亥


F場・1数場「子」
「1」であり「10」としての場ですから始まりと完了のどちらの
意味合いもはらんでおります

物事の起点と終点となるところであり
同時に、一応の完了の場であり、終了の場であります
そこから、再生の場でもあり、復活の場でもあり、再出発の場

物事が産み落とされるのですから、【下】を示します
下火という言葉があるように、物事の【終了】を指します
方位としては【北】にあたります
母体の中、【子宮】をさしますし、【妊娠・胎生】するところです
魂の回帰する【穴】でもあり、【井戸信仰】につながります

波動周期がF場1数場「子」に回流すると、
いかなる数理も、これらの意味合いが働きます
また、そのモノの上に、今後出来上がるあらゆるものを背負う段階的
意味合いより、基礎・基盤をしめし、その人の創業者的意味合いをはらむ

営業開始や開業するというより、その前の段階ですから、
発案するとか、思いつく、などの意味合い
独立にむかう段階の意味合いです
その意味で【十全】です

数理盤を考える時、
「1つ」の盤としてもみられるし、
「1つの盤」にまとめたモノとして見れば、「1束」、「十全」
各マスからできた数理盤は、
各1マスが10段階で構成され、これも十全であり1束ともみる
10であり1です

人物の場合、波動数において、この波動場・Fに数理が回ると、
新機軸となる場、創立者、創設者、時代の先駆者を生む働きがあり、
頭にある草案、想像、試作品、夢想でもあり、休止、眠りの場であります

「創業者としての産みの苦しみ」的な問題を背負う時間場でもあるし、
出産の場としての働きもあるし陣痛を伴う場でもあります
起業する時期としては前段階です、陣痛中での営業のようなものです
数理的にこの時間帯で始めているかたもおられますから、
これも十段階の一つとしての読みとなります


D場・8数場「丑」
冬の凍土に覆われながらも、春の兆しが土の中で始まるときです
草木の種が地中で殻から芽吹いてくる、姿は見せない変革の場とも読める、
変化を知らせずに、土の中では旺盛に春に向かう序章が繰り広げられる場、

波動周期が「丑」ですと基礎台となる場所、
大きな構造物を築き上げる土台となる場です
基礎構造に斬新なアイデアが組み込まれた建造物にもたとえられます、
巧みな建築工法、基礎構造のしっかりした建造物、時代を超える建物です

ここに破局数理がある場合、基礎構造が不安定な建物にたとえられます
下準備ができていない、地盤確認が出来ていない、場に合わない工法
人物では、練習しない、鍛錬しない、目覚めない、アイデアがない、

企業体の場合、社内研修を大切にする会社、組織内容が充実した企業体、
人物では、見えない努力を惜しまないひと、革新的思考のアイデアマン、

破局性としては、組織内にまとまりがないとか不安定、裏目に出る改革案、
出る幕がない、周囲がとまどう改良・改革、組織内の派閥争いが激しく、
その中に巻き込まれる、組織体質と合わない、、、、など
企業的には、組織内部の問題、同族企業間の問題、グループ企業による
取り決め問題などに苦慮するようです

このように、波動周期が「丑」に回流する場合、その波動数理はいかなる
数理が回ってきても、「丑の場」としての働きに影響を受けるわけです
個人的には、、新時代の思想家、改良・改革の特異なアイデアをもつ人、
建築家の才能、蓄財の才、アイデアの才、この場に絡みやすい働きです

健康面では、骨格の健やかな成長、基礎体力が抜きんでている人、
大人への二次性徴、骨折・骨粗しょう症・病変による変異などの
かくれた問題も表す場です


D場・8数場「寅」
雪解けの地表にあらわれる新芽たち
若々しく、活力豊かに陽光を浴び、春へ春へと向かっていく極みの場、
人物なれば変化に強く、活力ある斬新革新的な思考、改革改良型タイプ
また、波動場が「寅」に回ってくる場合、いかなる数理もこの持ち味が
あらわれてきます

また、この「場」に破局性があると、
周囲とのバランスを顧みず、改革推進を行う強引さがでてくる、
思惑の実行に圧力をかける、組織内で圧迫されるとか衝突する、
上位の人においては、部下がついていけない、部下が従わない、
良かれと行う改革が裏目に出る、アイデアが枯渇する、

場の特性としては、家族・一族・組織の問題がつねにからんできます
国家としては、多民族国家による内戦が絶えないという問題を引きずる国、
多民族国家としての利点をうまく生かす国など、時間条件により異なります
個人的には新時代の先導者、また革命的指導者もこの場から現れやすい


H場・3数場「卯」
場にある味わいは、春真っ盛り、爆発力を持っております、出発の数理です
存在感に春の陽光を感じさせます、何事にも才気煥発、物事の表面化する場
また、生年月で「卯」の場に生れている場合、これらの性能をもちあわせます
波動場が「卯」になると、いかなる数理が廻っても、期間中これらの条件が
その数理に働いてきます
波動場に破局性があると、才気に軽率さがあらわれるとか行き過ぎが出やすい
また、表面化が遅れる場合、表面化できない場合、表面化しない場合、
表面化してしまう場合など、場の働きと数理の兼ね合いで
異なった現れ方をするようです

そのほか、物事の表出する場であるということを、わかってくると、
もう一段深く理解しておかないとならないことがあります
良いことも悪いことも、幸も不幸も現れる場所ということです
『自分は3数場・卯にいるのに何でこんな思いをしなくては、、、、』
『表面に出る場に来たのに、なんでこうなんだ、、、、、』
永年の苦労がむくわれてくる場所でもあるし、
いずれもそれまでの経緯と所業がかかわってくるわけで、
これも十段階の一側面であります


J場・4数場「辰」
春にありながら、春に終局をつげ、夏の兆しが出始まる頃
交流の場ですから、ことの始まり、キッカケ、出会い、なれそめ、打ち解ける、
縁談話にからむ意味合い、心を揺さぶるキューピッド的な働きをする場
破局性があると、人間関係にヒビが入る、蟻の一穴的な意味合いとして
あらわれ始める場でもあり、悪魔のささやき的な働きの場でもある

一般的には商談、縁談、交渉、などを具体化形成する意味合い
交渉のお膳立て的な場の要素もあり、未知とのコンタクトの意味合いもある

人物的には、如才なさと相手の心に入り込む機微や交渉のツボをもつ人
商談の場、対外交流・人的交流へ向かう場の意味合い
方向性としては、物事の流れを変える場、乗り替わりの場と云う意味合い

この場に破局性があると、商談流れ、交渉流れ、縁談話立ち消え、もの別れ、
お見合い話もない、意見の相違、紛争火種など、、、、
置かれる数理によりあらわれ方もかわってきます
概して具体的な問題の形成期となる場の意味合い

この場には、水局の意が潜み、
社交性の有無よりも、それを胎生する意見あい
無から有の関係性構築の意味あい
未知とのコンタクトの意味あいなどがあります
これは、「J場・4数場巳」の働きにはありません

表面化に発展する前段階として、
そのモノにまつわる周囲環境にある問題であり、
破壊要素の表面化に向けての問題点でもある

そのような意味をふまえた、交流における吉凶の「兆し」です


J場・4数場「巳」
新緑のころ夏の極みに向かう、虫たちの交配、受粉など、生き物たちの
交流・社交場、人の交流、男女交流、貿易、商業、交易、結婚、など
それらの意味合いから、人脈、顔が広い、顔が利くなどの意味合いともなり、
広く社会に情報が伝わる、伝播する、信用・信頼の構築のときでもあります
生年月がこの場に関わる場合、恵まれた交流環境にあるといえます

波動場が「巳」に回ると、そこに置かれる数理にこの働きがついてきます
縁事が成就する環境の場ということです、蜜月関係でもある、モテる、
破局性が無い場合、この場にあることは、交流・交易・商業面など全般に
円滑に事が運ばれやすい、運びやすい関係、良い意味での人たらし

波動場に破局性があると、モテすぎるわりに駄モノを選ぶ、情報だけ、
観る目がない、モテすぎが高じ慢心から結婚まで届かない、横やりが入る、
ねたみによる悪いうわさ、重箱の隅をつつくような性格、きまらない縁、
すぐに壊れる縁、続かない縁、死別する縁、妬む、妬まれる、イジメ、
国家間の条約破棄、貿易不均衡によるトラブル、渉外トラブル、
評判を落とす、だらしなさからの悪評、友人による裏切り行為、評判が悪い、
相手の立場を無視、一方通行、粗暴な挑発行為などの意味合いがあります

交流の場における働きですから、吉化作用の場合、全般にわたり恵まれる、
破局性が出ると、不評・悪評・中傷に悩まされる場合もあります
4数場は縁の場ですから、周囲による「妬み」の数理でもあり、
モテない連中の非難の的ともなります

そのほか、誰にも言えない外見とは逆転した環境に苦しむ場合もあります
これも十段階の一つの現れです


E場・9数場「午」
数理盤においても天井の場をさしております
人体ならば頭脳に関する働き、作用、業界で云えば、頭脳集団、裁判所、
立法機関を示しております
良きにつけ悪しきにつけ、頭部に関する問題となります
医学界では脳外科でしょうか、心に手を当てて反省するならば頭部ばかりか
心臓外科でもあり、心を治療対象とするなら心療内科でもありましょう

初めにお話したように、F場・1数場「子」とは、向かいあう位置にある場です
E場とF場には原因と結果の関係があります
意味合いを読む場合、向かいあう場を読むことで、原因、結果としての
モノが読めてくる場合も多くあります

存在の全盛期としてのエネルギー発現する場でもあり、
企業体の場合、存在意義と成長力が極限に発揮されてくる場ともなります
叡智の場でもあり、広く周りを見渡せる位置取りでもありますから、
自然、フットライトを浴びる場ともなり、舞台、ファッションも示します

が、

足の裏にまでライトはあたらない、足元を見落としてしまう場ともなりうる
昨今にぎわせている「防災担当」が、状況のあがりがくるまで、指をくわえて
まっていたようなもの、、、、あがりが来なければ動かない、、、、動けない、
足もとが遮断されているのかの確認もとらずに待っているようなE場では
F場の墓穴を掘る原因を作ってしまう
これを防ぐことが出来るか否かの判断力もE場の働きとしてのもの、
F場との深いかかわりがあることが理解できると思います

個人として、識別、判断力、名声、知性、美的感覚、審美眼、的確さ、鑑識眼
一身にフットライトを浴びる場そのものでもあります
これは波動場・E場「午」に回る数理にも、この働きが与えられている
破局性を受ける場合には、過熱しすぎてのオーバーヒートもあります
自信過剰による裁判沙汰もある、才能の慢心よりの誤認もある、
決断ミスを繰り返す場もある、人を見下す場でもある、
春の夜の「夢・9数」のごとき場でもあります


G場・2数場「未」
夏の盛り、秋口の兆しが始まる
外気に目一杯背伸びする樹木の葉擦れの陰に、受粉され創造の実が、
木の実となり、果樹の実となり、秋の稔りに向かって、活きづいていく
木々のエネルギーは外見とは別に、内に内にと向かっている
樹木はそのなかに新しい生命を宿していく、創造の場として、、、、

G場2数場・未の働きを持つとき、夏の活力をかりて、秋の熟成の場へと
切り替えていく、反転した兆しの場です
外見の能動性、活動性、活力から、進取的であり革新的でもあるかのよう
そこからは内部へ向かう秘められた「力」の方向性は読みとれない
どこまでも眩い、夏のひざしのもと葉擦れの陰に本体はあります

外見と内面性がこれほど変わる場はありません、勢いもあります
外見からの活動性は、保守としてのモノです
外部に向かいずらい特性を持っています

ある程度の完成をみた、企業、一族、組織にとっては、心強い位置取り
保守派の代表格としての位置取りにあります
時に、外部に向かう場合もありますが、冲としてのものです

波動場2数場・未に回る場合、いかなる数理にも、守りに向かう様相が、
内部に出現してきます
これは築き上げてきた物事の崩壊とか、環境の変化ゆえのもの
季節感とすれば、夏の終焉に対する予兆を感ずるゆえ、ということでしょう

人物の場も、企業とした場も、そういった位置におりますから、
単にディフェンスに廻ったとか、ガードしているだけだとか
視てしまいがちですが、内部には創造の芽が息づいている、特異な場です


G場・2数場「申」
秋の極みに向かうため、樹木の髄に蓄える外部エネルギーの集積時期であり、
果樹においては一点に集中する胎生のエネルギーによる、創造物の形成期
やがて、
稔りを樹木全体に蓄え、万全の完成期に向かう、収穫の準備のとしての場

波動周期が2数場「申」に回流すると、波動数理にはこの働きがあらわれる
内部に創造し胎生したものを完成した姿に導く、現象化させる働きです
これは、吉凶どちらの働きにも、経緯としても踏襲する段階となります
悪事の草案が具体化してくる段階とみなすこともできます

物事の経緯において、
守りが強すぎるきらいがあるのは、今は蓄える時という意識からでもあり、
創造の発芽のために必要な一点集中の場としてのモノでもありましょうか

この数理世界も10段階ありますから、尻すぼんでいるとみると、
足をすくわれるのは、見ているこちらかもしれません
吉凶や善悪を超えた創造物を現実化させる「この志向」は、
この人物・組織・国家の内部に秘められたものでもあります


C場・7数場「酉」
夏からすぐに稔の秋が訪れるわけでもなく、
エネルギー変換の過程としての四偶の場をへて、秋になるわけです

十字型をひとつの群としてみるなら、この場は四季の彩としての一方向を
表しております、、、、人社会では財運と呼ぶ場です
・いかなる理念・想念・構想を思い描いているのか ~F場・1数場
・思い描いた想念の具体化として、起業・行動化を始めたのか ~H場・3数場
・いかなる叡智のもとに全体をとらえようとしているのか ~E場・9数場
・そして今日、この場に向かってきたのか ~C場・7数場

C場・7数場「酉」の形成は、F場・H場・E場の結果としてのもの、
これは他のF場の形成、H場の形成、E場の形成においても同様です
十字型は相互に互換し共鳴し構成しあうモノです
内外のエネルギーを成長エネルギーとしてとりこみ、また、
成熟エネルギーとして変換し、刈り入れ収穫期に適した姿へと向かわせる

人間社会では収穫期ですから、越冬するに耐えるだけのモノを刈る(7数)
時間場でもあります

このC場・7数場を充実させるには、一つの道として
対応する場であるH場・3数場との兼合い強化があります
始動に「春」H場・3数場 に活動作用として、活発に汗して良く耕せば、
収穫の「秋」C場・7数場 に多くの稔りにつながる関係が成り立ちます

そのほか、年齢に関係なく健康であるかぎり退職後に、ご家族でご商売を
始める場合、波動周期がC場・7数場酉に回りくる場合にも成り立ちます
この場合、
・破局時間帯とならない方が経営者となること
・波動場がC場に回りくる方を経営者に据えること
・発起人であるあなたと、経営者となるかたの関係で、破局性がない
 ことで、ご商売をはじめるのがよろしいわけです
 が、
・波動場がC場・酉に回っても、波動数理が破局数となる場合は破局が出ます
・波動場が破壊数となる場合は、破局性が出ます
・ご家族がともに破局期であると、ご商売に向かない時期となります

破局期ですと、金銭的にまつわるトラブル、出来事につながります


B場・6数場「戌」
秋深まり、一年の農作物の刈り入れが完了する、初冬の兆しが現れる場
充填・充足・充実・満配にした数理「6」数が順流・逆流に回流することで、
そこに一体「合」としての「8」数があらわれる、蔵、倉庫、保存する
意味合いが、あらわれる

6数理が回流するとは、順流・逆流の流れがまじわるなか、6数理が
1数理とも10数理とも相互対応することで、8数理が上下一体に
形つくられてくる、、、、(ここでは10数理も単数1数理として表現します)

197654321
679123456

充実した6数理は、大地に8数理としての「蔵・8」を作り出す
あるモノは大地の肥料と成り、あるものは小動物の力も借り遠くまで運ばれ、
あるモノは落葉の絨毯に敷きつめられて冬を越す
いたるところ、大地に恵みをあたえ、蓄えが完成するわけです

この見方は一方の観方であります

ダムの放流においても云えることですが満配・6数理になった状態とは、
崩壊・8数理の状態をも示します、、、、、ほっとけば、決壊・8数理状態
崩壊の数理も8数理です、、、、熟した果樹は落ちる・8数理
広く落葉・8数理の絨毯に紛れていく、、、、、と読むことも出来ます

樹木の果樹も、収穫期にあわせて実ったわけでもない
自然に任せれば、爛熟して腐り、土へと帰る自然律にある、、、
これも自然にある6数場のはたらきです

この6数理が発現するには、大地としての2数理が
順流・逆流に回流しなくてはあらわれてこない
これは大衆・民衆としての2数理が順逆に回流するところに、
リーダーとしての6数理が上下一体の姿を現してくる

自然現象も人間社会の構造も共通のものを見いだすことができます
回流するとは、順流・逆流で、その数理が1数理(10数理)と対応
することであり、図式にすると次のようになります

23457891・・・
19875432・・・

表現を変えるならば
6数理があらわれるのは、大地としての2数理が存在し、回流するところに
順逆交流して発現してきます

いま大地~2数理の循環から、「6数理」の話をしております
B場・6数場「戌」のはなしにもどります
冬の足音から冬の兆しをおぼえ、充実した蓄え~8、おしみない労力~2
分け隔てない寛容さ~6、生き物を包み込む包容力~6
大自然の脅威に立ち向かう威厳、B場・6数場「戌」の場としての働きを
お話ししております
波動周期が6数場「戌」に回ってくると、いかなる波動数もこの働きが出ます

破局性が働きますと、場をわきまえない、
威厳と忖度を押し付ける、
2数により形作られていることをわすれた6数の姿、
権力志向とみせかけの尊大さ、力による威嚇、闘争性、
競争意識だけの存在、圧力だけの人、妬みだけの人となりやすい


B場・6数場「亥」
冬の極みに向かう、人生ならば完了期に向かう場、功成り名を遂げた場
同じ6数理とはいえ、冬の始まりとしての場、1-6水局の胎生の始まる場

この場にある6数理はムスビの10・1=2つの世界へと向かう
10数理の完了・1数理の胎生

6数場「戌」を満杯状態とするならば、
6数場「亥」はそれを引き継いだ状態であり、爛熟期からの腐れも始まる場
これを入れ替わり・8数とか、乗り替わり・8数と読みますか
6数は再出発の準備段階・2数の場と呼ぶべきでしょうか

B場・6数場「亥」は本格的に冬に、さしかかる場としての働きとしましょうか
隣接する真冬F場・1数場「子」とのあいだに現れる1・6水局作用は、
胎生期に向かう経緯の意味合いとよびますか


また、
3456789
19876543
これを、土に帰る段階と即物的に捉えるか、つなぎとしての下準備なのか

または、
1234567
6543219
これを、入れ替わり・乗り替わりと捉えるか


満たされた姿、充足した姿、富裕層としての6数理
満配で身動きの取れない、爛熟期にある6数理

完了した姿、十全なる姿としての10数
胎生する姿としての1・6水局作用

完了としての10数⇔5・5 からの腐敗と再生、
復活の世界としての10・5土局作用

これらを包含する
5・6 / 10・1  / 11~ 産霊の世界

1 10
2  9
3  8
4  7
5  6
6  5
7  4
8  3
9  2
10 1

このようなところから、この年の生まれのかたには
創造力を持つ人、洞察力のある人、霊性を持つ人など、先見の明をもつ人、
次代を見据える人、などあらわれます

また

破局性の有無にかかわらず、腐敗や再生にかかわる人・組織、
再生医療・事業、未来科学としての復活医療・事業・職業・組織、研究者、
科学者、業務または関係者、冠婚葬祭業、

以上、



あとがき ~ 知っていることも、わかっていることも、できることも、
       みんな素晴らしいこと
       進んでください


























2019年4月27日土曜日

かずたま入門 2   




『かずたま』と云うと、時間を中心として観ていくと云う観念が
おおかたの考えとなっているようです

この平面的なモノの観方、考え方をくつがえすためにも、
今回からモノの中に映し出されているいくつかの
物事について考察してまいります

数理が天・地・人に分別できることは以前にもお話しております
分別できるということは、吸引していることでもあります

この数理であらわすモノは、数だけで存在しているわけではなく、
存在の限りは、場を占有してもいるわけです
これらのことについての考察です


【モノから捉える】
土地を観た場合、すぐわきを川が流れているとしましょう
するとその場所は「1数」の働きがある場所とみる観方をします
この場合、河川=1数=水流と、とらえているわけです

このように土地などを観る場合、地勢学や地質学としてのモノではなく、
純粋に地面の働きとして、地勢のなかに周辺の働きや影響を秘めてくる
沼地があるとしますと、沼=1・1=2数=泥としてとらえる場合もあるし、
湿地帯=1数=水辺としてとらえるかたもいる


この受け取り方こそ、各人各様ですが、人間に与えられた直覚的な感覚を、
数霊では大切にします、、、、これを日常において鋭敏に研ぎ澄ませていく
ことにより、各人各様に霊性開発していく部分があります

生年月盤よりみて、そこが住まっている場所より西南の方位にあっても、
また、東の方位にあったとしても、近くに河川・湖水・沼などが
あればそこには「1数」の働きがあると観る人がいるとしましょう
これが「場」より見たモノの観方です


私が、「モノ」という表現をとるのは、各人各様に
万物、存在、人物、生物、動物、植物、鉱物、物品、物件、異物、物霊、
博物、心霊、怪異、そしてそれらを、認識する心のはたらきとしてのモノ
・・・・などあらゆるモノを総じてモノとして表現しているわけです

いまさら、モノの受けとりかたや、種類を細かく特定することはしません
各人各様に、置かれた立場、位置により、序により、みなさんの質により、
受けとりかたにも、受けとるモノにも、差異がありますから、、、、


このように東西南北にかかわらず、隣接して「川」というモノがあるだけで、
モノとしての働きが影響してきます、、、、
それが自然界の場、存在としてのモノですから、
物件にもその存在としての質量が影響してくるわけです

このようなことはあらゆる条件、あらゆる場合に、存在します
火葬場や墓、病院跡地ならば2数・5数・8数の影響が顕れて当然です

これを、部屋の色合いの「変化」で、「風水」や「間取り」で様変わり
させるなど、状況が一変するなどありえません
少しおこがましい考えです、謙虚にならないといけません

そこにある考えは、
その場所を自分で「管理したい」「守りたい」「占拠したい」想いでしょうか
国同士の島しょ部、取り合いみたいなもの

話を戻します


このように、
・時間を中心視座におき物事をとらえる
・場を観てその存在を数理に置き換えて観る
・その場所にはどんな働きがあるのかを観る

おおまかにも、この3種あります
いずれも生年月盤と、購入する年月盤、を照らし合わせて判断することです

よって、
あなたの生年月数理において、9数が破局性を持つならば、
たとえ吉方位であるとしても、原子力関連の街をあなた自身が、
9数してと受け取るならばその場所には移転しないことです


このように、【場】を観る場合には、その地方、地域、町名、などから
・地域・地区の場としての働きををみる
・町名などは画数として数理に置きかえてみる
・番地番号などはそのまま数理を数に置きかえてみる
・マンションならその名前を画数として数理に置きかえる
・何階なのか、その序数をみる

等、、、細かくみる必要があります
すべて座標の中心におくものは、時間であり、そこから【今】を抽出する

購入予定の敷地を見に行ったとしましょう
その敷地内に池があったとします、、、、磁石で方位をとると、
敷地内の南方位にある池としましょう、すると
その土地は、「6数」の働きが強い場所とみるわけです

理由は、

池ですから「1数」の働きです
1数を南に置いて数理盤をつくると、中心は6数となる働きがわかります
6数のはたらきが強い土地ということです

5  3
4 6 8
9 2 7
      X

あなたが6数の破壊性を持つ人ならば勧められない条件です
その不動産を購入する時間帯が、あなたにとってどんなに良くても
購入年月に破局性がまったくない好条件であったとしても
あなたには破局物件となりやすい

、、、、、空虚なわけです


このように、生年月からみても、購入年月や方位から見ても破局性が
無いにもかかわらず、自分とは合わない条件というモノがあります

これが場のなかにある条件で、10段階あります
この条件には「場」・「序」・「位」などあります、、、、
そこに「質」が現れる

場もまた立体であるからです
どんなに時間が良かろうとも、見合わない条件はあるモノです

銀座のど真ん中を、所望しても無理なものは無理なわけです
これが場の条件の一つである「序」の問題です

素敵な女性、意中の男性があろうとも、見合わない条件
これも場の中にある「序」の働きです


数理盤を想像してください
たとえば5数の数理盤があるとします

4 9 2
3 5 7
8 1 6

これはもともと球体です、立体のモノです
各場には、縦・横・奥行きがある
場もまた立体ですから10段階あるわけです
向かいあう数理は加えると「10」となる条件です

4と6をくわえると10、2と8をくわえると10
1と9をくわえると10、3と7をくわえると10となります

つぎに数理盤を六面体として捉えると
上からみた六面体の表面は「上の図」になりますが、
下から見上げた六面体は

6 1 8
7 5 3
2 9 4

となりますから、上下を合わせると

A場5+5=10 B場6+4=10 C場7+3=10
D場8+2=10 E場9+1=10 F場1+9=10
G場2+8=10 H場3+7=10 J場4+6=10

となります
この場のなかに「序」の意味合いもあるわけです


音楽会コンサートに行ったとします、コンサート会場におりますから、
「3数」の作用がつよい場所に来ているわけですから、
今あなたは『3の時間場』にいるのです
あなたがこれは芸術だと思われるならば、『9の時間場』にいる
、、、、各人の時間場は、各様です

また

別の日に、観劇で同じ会場を訪れたとしましょう
観劇ですから「9数」の作用が強い場所にいるわけですから、
今、あなたのいるところは、『9の時間場』です
これを演芸としてとらえたならば『4数時間場』です

これは心がどこに置かれているかで異なります
口から出した偽りの発言や、
まやかしの発言では言い逃れできない
心で感じている各人の認識領域、数理領域です


これは、実際の時間が午後3時でも、午後6時でも
また、あなたが今、どのような時間波動にあっても、
また、どのような人名波動であろうとも、
また、外を取り巻くC波動が今年ならば3数亥年であろうとも、
今、あなたは9数時間場に置かれている存在です

このように、あなたのいるところすべてに、数理盤は働いております
このように、モノから時間を引き出すこともしないといけません

ここから第二段階に入ります
いま自分は周囲のモノから『3数時間場』にいることを感じたならば、
年月盤でどのようになっているのかを見極めること、、、それは、
自分の生年月数理ではどうなのか、自分の今の生年波動では
3数時間場はどこにある、どんな現象を知らせているのかです

『9数時間場』にいる今の自分を理解したならば、
生年月盤ではどのような条件におかれているのか
生年波動ではどのような環境におかれているのかを、見極めるわけです


趣味で人の集まるところ、、、、趣味の教室にいるとしましょう
あなたを中心として、常にいかなるときにも、周囲に数理盤の
働きがあるものと考えてください

いま、あなたは今日の日にちが判らず、
どちらを向いて座っているかも判らないとします

あなたの左側に座っている人が「みかん=3数=酸味」をたべていると
しますと、あなたからみれば、左側ですからH場となります
このように、実際に方位がつかめない条件というものはいくらでもある
わけです

基本数理盤   alphabet盤

4 9 2   J E G
3 5 7   H A C
8 1 6   D F B

それでも、H場で3数が働いている「現実」はあるわけです
あなたは今『5数時間場』におかれているわけです

同じ出来事であっても、それを食事をしていると、認識した場合には
「食事・7数」ですから、H場に7数が働いていると受け取る
あなたは今「9数時間場」に置かれている条件です

8 4 6
7 9 2
3 5 1

このように場の条件は認識により、心の置き所もかえてしまう

幽霊を観て涙を流して再開を慶ぶのか、
恐怖に怯えるのか、
立場、立位置、により序も変わるし「気」も変わる

また

別の日に
授業を受けていると
教室へ、みかん箱が運ばれてきたとしましょう
皆さんに、みかんが配られました、、、、、
あなたにも「みかん・3数」がくばられました
今あなたは『3数時間場』の環境に置かれているわけです

2 7 9
1 3 5
6 8 4


今度は
教室の前方左を見ると、カリキュラム兼用パソコンが作動していたと、
しましょうか、、、、
インターネット接続・4数ですから、その教室は『5数時間場』の働き
が、強い教室であることがわかります
あなたはいま、5数時間場にいるわけです
教室全体がインターネット学習教室であるならば、今あなたは、

4数時間場にいると観るひともいる、
9数時間場として学習していると、観るひともいる、
総合教育の一環なのだから、5数時間場であると、観るひともある、

このように

物証からも自分のおかれている時間場を知ること
そこから自分自身にとってどんな意味があるのか
そこから自分自身に何を知らせているのかを感じることです


何は間違い、何は正しい、の平面とは異なる世界です
アルゴリズムも、AIも入り込めない、、、、、
新しい人類の【九・九・露】の領域です


何年何月何日何時だから、「~なんだ」という時間質だけからの、
一方通行な数理判断だけでは時間枠に囚われた窮屈な判断となります
「あなたは何年何月生まれだから、~です、~でしょう」では、
駆け出し初めの新入生です


時間から見たモノもあれば
物から観た世界、物から観た時間もあることをわきまえること
かずたま入門です


それは、時間質からみたものは、「あなたの中だけの問題」で、、、、
実際にその時間帯にその空間場を流れ統括されている時間質も時間場も、
まったく違うことはあるわけです

これを理解しないといけない

日常においては同じ時間、同じ空間を共有しているように見える
わけですから、なかなか戸惑う物事の観方、考え方ではあります

以上、



あとがき
 自分の立ち位置が判らないなんてことは、日常にあります
 同じ時間を共有しようとも、同じ場を共有しようとも、受け取り方は
 人それぞれ、感じ方も人それぞれです
 暑い日差しのなか、今の今まで汗にまみれていようとも、
 目の前で知人が倒れた瞬間、暑さは消え去ってしまう、、、
 大切な人であればあるほどあたりまえのことです

 周りの人と共有していたはずの時間が、突然、次元が変わった瞬間であり
 瞬間にからだが凍りついてしまうこともあるわけです

 数霊は大変だけれど、学べば楽しくもなり、「心」目覚める世界でもある
 繰り返すことです